旅先の指定席

　シネマテークとは映画の保存と上映で世界の鑑といわれるフランスのフィルム・ライブラリーのこと。若きゴダールやトリュフォーはここに通いつめ映画を学びやがてヌーヴェル・ヴァーグを生んだ。その名を劇場名にしたところにこの「名古屋シネマテーク」の性格と自負がうかがえる。
　今池銀座というものの特徴のない通りの、とあるマンションの２階にあるミニシアター。席数47といえば配給会社試写室並だが、82年の開館以来、ヨーロッパを中心に世界の、日本の作家主義的な作品、無名でも質の高い作品、意義ある作品を山のように上映し続けている。
　「よその劇場にかからないマイナー系、そして自分達が見たいもの、が基本です」
　代表の倉本徹さん（49歳）は学生時代から「見たい映画を名古屋へ持ってくる」自主上映を11年余り続け、念願の常設館をオープンした。
　「当時は京都や大阪からも見に来てくれました。その間にできた仲間から開館資金を集めたんです。100人以上。ほんとうはそろそろ返さないといけないんですが、まだ儲からなくて（笑）」
　倉本さんは週に数日、塾で教壇に立つ先生でもある。この位の劇場規模ですと専業は無理ですね、と笑うがその顔は確信に満ちている。ただ上映するだけではなく作家を呼び講演会を開き、「名古屋シネマテーク叢書」等の出版を行い、さらに映画研究書や雑誌の立派な図書館を併設し公開し、ベルリン映画祭へも出かけ世界の新しい映画を見てくる。先生は塾だけではなくこちらも立派な学校なのだ。
　ここを訪れた映画人がいつからか映写室ドアにサインをしてゆくようになった。岡本喜八、小川紳介、木村威夫、マキノ雅裕、等々、で埋まりもうスペースがない。
　「映画はもちろん好きですが、何か行動するのが好きなんですね」
　個人的には『東京物語』やサタジット・レイの『大地のうた』を好むという倉本さんの、一本筋の通った姿勢はシネマテークの名に恥じず、名古屋の映画文化を脈々と育てているといえるだろう。
　今日はここでジャン・コクトー1950年の作品『オルフェ』を見る。平日朝10時の上映に若い人や年配の紳士など結構、人が入っている。ひまつぶしでない証拠に皆、目が輝いている。
　コクトー作品はフランス映画の粋。ギリシャ神話を現代におきかえ鏡を通り抜けて死の世界へ入ってゆく。ジャン・マレエの波うつ髪、英雄的風貌がシュールリアリズムの世界で一段と際立つ。
　エレガントな芸術映画に魅了されて外へ出た。腹が減り一軒の食堂へ。名古屋名物でもと思ったが玉子丼を注文。ふわりとした卵とじに焼海苔パラリ。暖かく優しいおいしさ。
　聖と俗は言うまでもなくシュールリアリズムの命題の一つ。ミシンとこうもり傘は手術台で出会う。オルフェは名古屋で玉子丼と出会ったのだった。■