副題


中日新聞 82年7月2日

 名古屋の盛り場、今池に六月末オープンした小さな映画館「名古屋シネマテーク」。見たい映画を自分たちの手で上映する。名古屋では初の自主上映専門館だ。客席数わずか四十席というミニサイズだが、35ミリの映写機を備えるなど中身は濃い。これまでの配給ルートに乗りにくいマイナーの作品紹介や各国映画祭など、積極的な企画に取り組み、「当たるか当たらないか」だけが勝負の、メジャー本位の興行界に一矢報いようと意気盛ん。



雑居ビルで店開き
 シネマテークは、名古屋を中心に11年間、自主上映活動を続けてきた「ナゴヤシネアスト」が作った“自分たちの映画館”だ。
 所在地は名古屋市千種区今池の一角。喫茶店や飲み屋、マージャン荘までが雑居したビルの2階にスペースを占める。一般劇場を見慣れた目には「こんなところに映画館が?」と戸惑いさえ感じてしまう。
 だが、場所がどうあれ、これまで上映の場を求め、貸しホールや公民館などを転々としてきたシネアストのスタッフにとって“常設館”を持つ喜びはひとしお。
 シネマテークの全体の広さは128平方bある。このうち客席やステージ、映写室を含めた劇場部分が約80平方bで、固定イス40席、補助イス、立ち見まで入れると60人を収容できる。

全国の仲間が注目
 なにより東京や関西の自主上映仲間をうらやましがらせるのは、35_専用の映写機を備えていることだ。
 自分たちの劇場を持つだけでも“大ごと”なのに、おまけに35_映写機の常設なんて夢見たいな話なのだ。これまでの例では、東京高田馬場にある16_を備えた自主上映館が知られれている程度。名古屋シネマテークは、貸し館を別にして、自主上映の専門館では日本一の映画館といえるのだそうだ。

アンチ・メジャー
 映画を見るだけでなく、ステージ部分にかなり余裕を持たせてあるから、講演会や少人数の芝居も公演可能。また、ロビーの一隅に設けた資料室には、映画関係の図書がそろっている。現在、雑誌1100冊、単行本600冊の在庫があり、ちょっとした“映画図書館”になっている。
 シネアストの代表者として11年前から自主上映活動を続けてきた倉本徹さん(36)=三重県伊勢市在住、塾経営=が、この劇場の“生みの親”といっていい。名古屋大学の映画研究部のころから“この道一筋”にかけてきた。「非商業主義・反興行といいますか、意地ですよ。3年前から専用の拠点(劇場)を持ちたいと思っていました。一時はあきらめかけたこともあったけど、たまたま条件にぴったりのスペースが見つかったものですから」と倉本さん。
 建設資金1100万円は、この3月、サークルの会員らに一口10万円で出資を呼びかけた。医師、教師、会社員と幅広い層から60人ほどの出資者があり、なかには61歳の主婦まで参加してくれた。まだ、200万円ほど不足だったが、開館におこぎつけた。
 シネマテークの活動の中心になる映画の上映は、興行界が敬遠ぎみのマイナー作品の紹介や監督シリーズ、各国映画祭など、これまでのシネアスト路線を踏まえていく。料金は作品によりまちまちだが、当日1000円程度。特別作品で1500円と一般並み。



ファン拡大に期待

 今後のラインアップは、オープン日(6月27日)の「ハンガリーアニメ特集」に続き「ハンガリー映画祭」「イタリア映画傑作選」「早池峰の賦」「シュレンドルフ回顧展」「世代」と、自主上映らしい作品が並ぶ。
 こうしてスタートしたシネマテークの活動ぶりに注目する関係者は多い。興行界の反響を拾っても「一部の上映館と同じ傾向の企画」「一般劇場でも十分実績が上がる作品を並べてくるので上映権争いが起こりかねない」と恐れる半面「商業劇場ではやろうとしてもできない独自の企画が彼らにはできる。うらやましい」「映画ファンの底辺拡大の可能性十分」と活動を期待する声もある。「東京でしか見る機会のなかった作品の公開」を喜ぶファンもいる。
 名古屋には、一般の興行ルートからはずれて上映活動をしているグループがほかにもある。彼らの上映の場はもっぱら貸しホールや公民館だ。
 サイレント映画を中心に上映会を組んでいる名古屋無声映画鑑賞秋は歴史が古く、よく知られた存在。
 また、愛知県内6ヶ所で“ミニ映画館”を開いている中部地方映画製作上映協会も活動もユニークだ。
 名古屋・新栄のビルに事務所を構え、月1回の上映日には各地に散らばる会場へと出かけていく。現在、オープンしている“映画館”は、新栄の事務所に加え、昭和区、南区、豊橋市、豊田市、江南市にある6館。体育館、病院寮の集会室、大学生協の事務所などが会場にあてられる。


手作りで再生産

 会員制で、自主製作映画の旧作(16_版)を上映、合評会を開く。会員の協力で新しい自主製作映画の再生産まで発展させようと狙っている。
 さらに名古屋市内に6つの映画館を持つ興行会社をバックに、同社在庫の欧米の名作900本(16_版)を上映しようと計画している名画同好会も、近く生まれる。「シネマビレッジ」(事務所=名古屋・中区)で、会員の人気投票で上映作品を決める方針。
 これらはいすれも映画ファンの層が厚い大都市名古屋を背景にした活動だが、愛知県岡崎市という中小都市のハンディを背負いながら、“孤軍奮闘”してきた岩瀬進彦さん(38)=同市山王町在住=の例は「これからの自主上映」を考える参考になるかもしれない。


経費かさみ撤退も

 岩瀬さんは13年前、青年団活動からスタート、昨年6月には1軒の映画館「岡崎ピカデリー劇場」を持つほどになった。
 親子劇場のアニメや「裸の大将放浪記」「教育は死ななず」洋画「天井桟敷の人々」といった話題作、名作を提供してきたが、なにしろ器(260席)が大きいため、人件費、冷暖房費の経費がかさみ、この5月30日、劇場から撤退せざるを得なかった。
 「夢だったのですがねぇ。友の会を作っても思うように広がらず残念です。立地条件の悪さから劇場経営までとなるとやはり素人では難しい点が多かった」と悔しがる。
 劇場は手放しても機会あれば今後も活動したいという岩瀬さん。
 教訓は「欲を出さず、あせらず、地道に、幅広いファンの組織づくり」だそうだ。